top of page

oldie-point


 oldie-villageは現在、今更ですが事業拠点を建設中です。島の中央に位置する知名町余多字(集落)です。東すぐ隣は私の実家がある和泊町古里字になります。まさに町境です。建物の眼下には太平洋、そして与和の浜が広がります。この浜は私の幼少期、夏は毎日のように海水浴に出掛けていた庭のような浜です。浜の東の端には通称ゴリラ岩という象徴的な岩があります。(※あまり知られてはいませんが・・・。)昔から家系では異端児だった私はその岩の上から拾われてきたんだとかよく両親に言われていた気がします。浜の入り口には古里字の集合墓地がありまさにここに私も入る予定です。(笑)沖永良部島では5本の指にはいるロングビーチで東西に幅は500メートルくらいあるでしょうか??(目測ですが・・・。)この浜の入り口には「ウミガメの産卵地です」、とかいた看板の隣に漂着ごみ専用のゴミ箱があります。


 そしてゴミ箱には物語があります。与和の浜は私の母が2016年の3月から毎日漂着ごみを拾い続けている浜でもあります。今日(2021年7月24日台風6号)の様にひどい天候でない限りは毎日、毎日。5年目に突入しています。雨の日も風の日も毎日毎日。当初はゴミが溜まると私にゴミ(クリーンセンター)持っていってくれる??と連絡が来ていました。いいよ。と言ってみるとそのゴミの量たるや・・・。苦笑いですよね。一度であれば私も苦笑いで済ませられましたが・・・。毎日毎日・・・。ゴミ袋を自分で買って毎日毎日・・・。正直母の体も心配でしたし話を聞いていると波に持っていかれそうだったなんて笑って言っています。もういい加減やめたら・・、親父と話したものです。


 これが一回のゴミの量です。何度か持って行きましたが、母には申し訳なかったですが搬出作業を丁重にお断りしてしまいました。今思えばもっと強く色々お願いして回れたのかもしれませんが身内のわがままを色々なところに押し込んでいくような気がして私には力及ばずでした。母には謝りたいです。しかし母の意思は強かった。島に嫁いで40数年様々な修羅場を島生活の中でくぐってきている彼女は私が思ってもいないようなルートで島を動かし始めました。実直に物事にあたる父、母の下で育った私は実直さの強さをまざまざと感じた瞬間でした。

 周りからもビーチクリーンの輪が広がり始め行政が海洋ゴミ問題の先進地であるヨロン島に視察へ行き拾い箱が設置され定期的に和泊町シルバー人材センターが土木課の事業として海洋ゴミ問題に取り組んでくれています。これはSDGsの14番「海の豊かさを守る」のより早い行動だったと今考えると感じています。そして2020年の3月のコロナ禍の始まりでひょんな素敵が起こりました。スイス船籍の「RACE FOR WATER」がエマージェンシーで沖永良部島にくることになったのです。結果ひと月半ほど滞在していたでしょうか???


 写真はフランス人のクルーと与和の浜で撮った写真です。うじじきれい団の三姉妹も一緒です。島の海洋ゴミ問題をフィールドワークして回った時の写真です。たった一人の主婦の海に対する思いがこんな小さな島でこんなにもエキサイティングな笑顔を作り出せるんだと感動を覚えました。もう40歳を超えてくるとなかなか母と共通の話題で海外の方と交流させてもらえることなんてないのですごく素敵な経験となりました。私は海外生活の体験をさせてもらえましたが母と一緒に海外はまだ行けていません。その中でこのような疑似体験をできたことは本当に幸運でした。


 まるで海外のハーバーにいるような写真ですよね。※沖永良部島です。話は随分逸れてしまいましたが眼下に母の活動のフィールド、拠点の前には父の活動のフィールド(受け継いできた農地)があるこの地で生まれ育ったこの小さな離島を輝かせるための活動を彼らのフィールドを受け継ぎこの地で暮らして行けることを本当に感謝しています。この夏には拠点(point)ができると思いますので楽しい、豊かな古き良きそこ(oldie-village)を訪ねてきてくださいね。ちなみにお宿ではありませんので悪しからずご了承ください。事務所兼住居となります。そして、villageは気長に長期的に整備して行きますので気長にお越しくださいませ。

閲覧数:391回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page